これまでは、おもにインスピレイション(ひらめき)を使った作曲法について考えてきましたが、今回はインスピレイションによらない作曲法について書いていきます。手始めとして古くから使われている作曲技法のひとつ「MIDIデータを使った作曲法」について考えてみたいと思います。
インスピレイションによらない作曲法
インスピレイションによらない作曲法として考えられるのは、何かはじめからあるものに対して、発想していくという形になります。つまり、もとが自分ではなく、外部(他人)がもとになるということになります。考えられる、代表的な例をあげるとするなら、
- MIDIデータをもとにする
- サンプルループをもとにする
- 既成の曲をサンプリングする
- コード進行をもとにする
- 音源分離ソフトを使って、音源を再構成する
といったところが代表的な例ではないかと思います。
サンプルループとサンプリングの違いは、サンプルループは商品として売られていたり、DAWに付属していたりしますが、サンプリングのほうは、レコードなど既成の曲から、自分で取り込んだものを使います。
コード進行をもとにした曲作りは、ある特定の曲のコード進行をもとにしたり、コード進行の代表的な短めのパターンを基にして、曲を作ります。例として「コード進行パターン集」として本で売られていたりします。
音源分離ソフトは、ごく最近出てきた手法で、ソフトによって、音源をパート別に編集可能なように分離して取り出し、再構成しようというものです。いうなれば、サンプリングの進化系で、これからの主役になりそうですが、これが発達すると、近い将来、はたして自分で音源を作る意味があるのかという問題が出てくると思います。
MIDIはどのように音楽を変えたのか
MIDIとは何かと聞かれたときに「MIDIとは電子楽器の演奏情報が記録されたもの」とよく説明されています。これでは何のことかわからないと思いますので、もう少し書き加えてみます。
80年代に入ったときに、音楽の質が大きく変わったと言われました。それはシンセサイザーとMIDIによるものと思われます。このころはまだ、DAWというものはなくて、ローランドのMC-50などのMIDIシーケンサーとか、初期の四大シーケンスソフト、つまり、パフォーマー、ロジック、キューベース、ソナーが幅をきかせていました。DAWではなく、シーケンスソフトだったことに注目してほしいと思います。実は、いまも現役で使われているこれらのソフトは、もとはといえばMIDIシーケンサーから出発しています。HDレコーディングといわれる、オーディオ機能が使えるようになったのは、2000年代に入ってからだったと記憶しています。しかし、搭載されたものの、遅延が生じたりして、はじめの数年間は、ほぼ使い物になりませんでした。
そこで、80年代から2000年頃にかけての、当時の若者はどうやって音楽を作っていたかというと、シーケンサーで伴奏情報を作って、それの同期信号をテープのマルチトラックレコーダーに録音して、テープを回すと、シーケンサーが同期してついてくるようにしていました。いわゆるテープシンクというものです。
つまり、MIDIによるシーケンスが先に発達して、HDレコーディングの発達が遅れた時代がありました。ですから、「ペットショップボーイズ」など当時の音楽をきくと、MIDI音源に対して、生演奏の比重が少なかったことに気付きます。それは、制作環境の偏った発達がMIDI中心の要因のひとつだったと思います。
ここで、MIDIが音楽にもたらしたものをまとめておきます。
- 生演奏からの解放
- 音源の差し替え
- テンポの変更
- 音程の変更
- ドラムマシン(リズムマシン)の発達
というように、ただの演奏のデータなので、後からいくらでも修正が可能になりました。
2005年位になって、例の4大シーケンスソフトが発達して、HDレコーディングが実用レベルになると、DAWと呼んでもいい状態となりました。そこで、生演奏派のミュージシャンたち、つまり、ドラマー、ギタリスト、ベーシスト等がDAWを使うことによって不遇な時代を脱して復活してきました。
MIDIデータとは何か
私がYouTubeを見ていると、見たい動画の合間に、毎日のように英語で「MIDIデータを買わないか、いまなら何百曲も入って2,880円」というような動画が流れてきます。邪魔なCMなのでやめてもらいたいのですが、今でも、外国にはMIDIデータの市場が存在している事がわかります。
日本ではMIDIのピークは、80年代だと思いますが、有名曲のコピーデータが、曲単位で売られていました。楽器店の店頭に、MIDIデータの自動販売機があり、フロッピーディスクにデータをコピーする形で売られていたらしいです。当時のキーボードマガジンなどに、「MIDI打ち込みの匠」というような人が紹介されている記事を見たことがあります。これらの匠は、高級MIDIデータの入ったフロッピーディスクを今で言う、DVDのケースに似たパッケージにいれて、高値で販売していました。
今日、ためしにMIDIデータについて検索してみたらいまでも、YAMAHAでは、1曲220円でダウンロード販売をしていました。MIDIのしぶとさにビックリ(笑)ですが、バンドのコピー譜を買うより、こっちの方が早く、MIDIの打ち込みを身につけられるのかもしれません。
MIDIデータは、大まかにいって、次の3種類に分類できると思います。
- 既成曲の演奏をコピーしたMIDIデータ
- 映像などで使える、インスト曲の著作権フリーMIDIデータ
- 「コード進行レシピ」などの教則本の付属MIDIデータ
このなかで、一番数が多いのは、2番目の著作権フリーのインストものだと思います。ネット上で無料でダウンロードできるものから、曲数は多いがその代わりに、それなりに料金も取るものなど、いろんな種類があるようです。データの質も、作曲用に向くものから、映像にそのまま使えそうな質のよいものまで、千差万別です。
実際にMIDIデータを使って作曲してみた
MIDIデータを使って作曲すると、実際はどんな感じになるのか、やってみないことにはわからないことが多いので、体験してみました。
使うMIDIデータの選択
まず最初に、どのデータを使って作曲をするのか選ばなければなりません。私の場合は、ネット上で検索したり、「コード進行レシピ」などの教則本をアマゾンに注文している時間もなかったので、手持ちのものから、選びました。「ハイパーグルーブ」という日本製のそれなりに売れたMIDIデータ集です。伴奏曲の完成度が高いのですが、それがかえって変にデータが加工されすぎていて、使いづらかったです。
いま考えると、この使うデータの選択が全過程のなかで、一番重要ではないかと思います。私の場合は、ほとんど選択の余地がなく始めてしまったので、後々苦労することになりました。
選んだMIDIデータをDAW上に取り込む
選んだMIDIデータを聞きながら、メロディーを考えるために、DAW上に取り込みます。このときに曲データとしての完成度が高いものは、アンサンブルとして全パートが別トラックとして取り込まれます。コード進行だけのものは、たぶん、コードを弾いているピアノパート、1トラックのみです。
「ハイパーグルーブ」は、曲としての完成度が高いほうのデータなので、アンサンブルで10トラック位、ドサッと読み込まれました。コードのトラックだけの方が作りやすいと直感的に思ったので、ピアノ以外のパートは、なるべく聞かないうちに削除していきました。コード進行の教本なら、この作業はいらなかったと思います。
残したピアノパートを聞きながら歌メロを考える
ここで、残したピアノパートを再生しながら、メロディーを作るのですが、私の場合は、初めて再生して聞きながら、同時にマイクをもって、適当な歌詞で歌い録音してメロディーを作っていきました。歌い損なったところはそこの位置に戻って、歌いなおして録音していきます。こうやって何度か、間違った箇所に戻ったりしながら、ともかくなるべく早く、曲の終わりまで歌いきってしまいます。歌いきったということは、マイクに向かって歌っているので、歌が最後まで行ったと同時に曲のメロディーができたことになります。
残ったサビと間奏を歌って作る
DAWに取り込んだピアノパートから、イントロ、Aメロ、Bメロを作ったので、曲の構成上、あとは間奏とサビをつければ、一応曲らしくなるだろうと思い、間奏部分を歌メロだけでうめていきます。次にサビがくるところも、歌ってメロディーだけ作りきります。この時点で、ほとんど曲の骨格は完成しているのですが、あとは、Aメロなどの繰り返しの回数や、サビを1回か、2回繰り返すかといった曲の構成上のことは実際に、数を増やしたり、減らしたり、DAW上で実際に並べて確認します。この作業が自分の中では一番時間がかかります。どうにか構成が決まったところで、間奏のメロディーにあったコード進行、サビのメロディーにあったコード進行をつけます。なぜ、コード付けをあとに回したかというと、メロディーだけ先に作りきらないで、コードを考えると、メロディーの世界観が曲の箇所で微妙にズレたりします。
「ハイパーグルーブ」のピアノパートを修正する
一応、曲全体のメロディーが決まったので、曲を作る時に使ったピアノパートをピアノロールとキーエディタでそれぞれ開いて確認していきます。ピアノロールで開いてみると、コードの音数が5音になったり、4音になったり、不安定でかなり変なことになっていました。リズムの面でも、歌のリズムとバッキングのリズムがぶつかっているところがあったので、修正していきます。キーエディタでも開くと、コントロールチェンジとかのいらないMIDI情報が入っていたので、キー以外の無駄な情報は、すべて削除します。
コード譜をノートに書く
ピアノパートのおかしいところを修正したので、ここでやっとコードネームが決まります。じつはコードの修正が不能でコードネームが付かない箇所もあるんですが、そこにはなるべく近いコードネームを付けることにします。
メロディーに歌詞をつける
メロディーがきまり、コード譜もできたので、今度は歌詞をつけていきます。最初はメロディーにあわせて、ひたすら言葉を書きなぐっていくと、曲のあるところで、「キーフレーズ」となる言葉がたちあがってくることがあります。この曲のばあいは、Aメロの終わりのフレーズにあわせて、
「まちが あめに ぬれていた」と言う言葉が曲のメロディーとあった感じがしました、ここを、
「みちが かすかに ぬれていた」と変えた時点で、「朝露」という世界観ができました。
あとは、この世界観にあわせて、残りの歌詞をうめていって、歌詞を完成させます。
できた曲【朝露】
これで、メロディー、歌詞、コードができ、曲の基本的な3点セットができあがりました。あとは、各楽器のパートなどを考えていくのですが、それは、後日、考えることとして、今回「ハイパーグルーブ」というMIDIデータのピアノパートから、作った曲をMP3にして載せておきます。
MIDIデータのメリット、デメリット
今回、MIDIデータを使って作曲をしてみたわけですが、体験して感じたメリットとデメリットをあげていきます。
MIDIデータのメリット
- 自分にないコードワークを体感できる。
- コードワークの中身を分析できる。
- マンネリを脱して、発想の転換ができる。
MIDIデータのデメリット
- 自分で作った気がしない。
- テンポが決められない。
- データの修正など、手間がかかる。
このようなことを、今回、感じましたが、最初のほうで書いたように、最初に作る基となるデータの選択が一番重要で、そうすれば、無駄な修正の手間もかからないと思いますし、発想もわくのではないかと思います。今回の「ハイパーグルーブ」のようなマルチトラックの凝ったデータほど、作曲素材には向かないような気がします。ピアノトラックのみとか、教則本の付録など、シンプルなほうが使いやすいのではないかと思いました。
あと、今回のように、コード進行を1曲分なぞるのではなく、取っ掛かりのワンフレーズを得たら、すぐに、その曲(MIDIデータ)からはなれて、続きはコードも自分で考えていくほうが、より効率的とも思います。
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